北朝鮮 旅行(中国丹東市より列車で入国)
北朝鮮旅行(日本国籍者向け)

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)旅行です。中国の丹東より国際列車にて入国、首都平壌、開城4日間(毎週金、日出発)
(写真はある程度自由に撮影可能。アリラン祭りのときはツアーが多くなる季節のため価格が変動する可能性あり。)
手配旅行代理:中国金橋旅行大連公司
大連ローカル専用問い合わせフォーム
丹東発平壌、開城4日間(丹東発毎週金、日)

一日目:丹東9:30(国際列車) 平壌 19:30 着後ホテルへ。平壌泊(夕食付)
二日目:平壌市内観光(万景台、凱旋門、主体思想塔、少年宮殿等)平壌泊(3食付)
三日目:開城へ(約2時間)着後板門店、高麗博物館等へ。平壌泊(3食付)
四日目:朝食後平壌駅へ 平壌10:10(国際列車) 丹東16:30
旅行代金(予定)107,000円(全食付 3名参加の場合一人あたり )
ビザ取得費用として10,000円が別途加算されます。一人部屋追加料金+15,000円
旅行代金に含まれるもの
・丹東←→平壌往復国際列車
・平壌到着後からの専用車、日本語ガイド、観光地入場見学、全食事
・5星ホテル3泊

上記予定価格は3名で申し込む価格です。参加者が増えれば予定価格は変動します。(詳細は担当者へメールでご確認ください。)
申し込み方法
◆お申込み前に必ずご一読ください。(海外安全情報)
問い合わせフォーム
朝鮮入国希望日の1ヶ月前までに
パスポートのコピー、現住所、氏名、勤務先(英文名も)、役職名をFAXしてください。
(同時に各自のカラー写真5cm×5cm3枚の準備をお願いいたします。)
朝鮮側による入国可の確認後に詳しいご案内をお知らせいたします。
中朝国境とその歴史について
鴨緑江橋梁(鴨緑江断橋)
出発地の丹東にある中国と朝鮮を結んでいた1911年、日本が建造した橋です。全長944.2m、幅11mで、12個のアーチから構成され、中央部分が横に90度回転する可動橋(旋回橋)であった(1934年3月に開閉を終了)。
朝鮮戦争において中国から北朝鮮側への支援軍として人民解放軍がこの橋を渡って北朝鮮へ入国した歴史的事実がある橋です。
朝鮮戦争時1950年に米軍のB29の空爆により破壊され途中で切断しています。朝鮮戦争後、北朝鮮側の橋は撤去されて橋の土台だけ残っています。
現在、中国側の橋は観光客用に開放されています。爆撃跡もそのまま保存されています。この橋の上から朝鮮からの国際列車を見ることができます。
写真は北朝鮮側から中国側へ向けて川の上から撮影したものです。
国際列車はこの橋の上流約100メートルに1943年に掛けられた鴨緑江第二橋梁(中朝友誼橋)を渡り朝鮮へ入国します。(列車と自動車専用橋)。
この鴨緑江第二橋梁(中朝友誼橋)も60年以上経過し老朽化と一方通行などの輸送力の問題から新橋建設が決定したそうです。
当時の日本、朝鮮、そして中国の列車状況について
鴨緑江橋梁は当初、列車線路も敷設されており、この橋の完成により京義線と安奉線(南満州鉄道)が接続され釜山から漢城(ソウル)を経て新京(長春)、北京などへ直接行けるようになりました。さらにモスクワ、ベルリン、パリなどもへ朝鮮半島から鉄道1本で行くことができるようになりました。
現在の北朝鮮主要線路は日本統治時代のインフラがそのまま活用されています。
この路線の開通で東京から新京までの鉄道移動が可能となりました。(下関から釜山までは海路)
1940年に決定された「弾丸列車計画」では1954年(昭和29年)完成を目指して在来線とは別の最高時速200キロの高速列車を新設する計画で、東京から新京(長春)まで39時間20分、北京まで49時間10分の予定でした。(在来線より丸1日短縮)
しかしながら日本国内と当時の朝鮮、満州、中国では線路の規格(軌間)が異なっており、日本国内は明治期の財力、国力を配慮し決定された1067mm(狭軌)を採用しており、のちに日本が敷設した鮮鉄や満鉄の軌間は1435mm(標準軌)と異なっていたため日本側でも標準軌の線路を新設する必要がありました。
実はこれが戦後の新幹線計画となった歴史的事実はあまり知られていません。(新幹線という名称も戦前からあったことが記録、資料から分かります。)
ちなみに下関から釜山まで海路をフェリー輸送だったのですが、現在の佐賀県西部や福岡市西区周船寺からの海底トンネル等が計画、検討されていたそうです。詳細は割愛しますが、興味がある方は調べてみてください。戦後も計画されており実際工事を始めたことが最近判明しています。
余談ですが、大連から丹東まで約300キロ、丹東から平壌までは約200キロの位置です。大連からバスで約3時間半。丹東からの国際列車で平壌までは約10時間もかかります。駅での停車時間も長いそうなのですが、平均時速45キロ前後だそうです。戦前の方が明らかに高速だったことが分かります。
参考サイト(鴨緑江橋梁関連)
中朝友誼橋(ウィキペディア)
国境(丹東~新義州)@中国~北朝鮮
遼寧省東ユーラシアルート1
参考サイト(鉄道関連)
弾丸列車(まもなくウィキペディア)
東海道本線優等列車沿革(ウィキペディア)
※中段の「戦前黄金時代」を参照
注意点
現時点で把握できてる注意点を書いておきます。
・渡航可否はそのときの状況により毎回違いますので必ず行けるとはかぎりません。
・携帯電話の持ち込み禁止。(カメラはok、出発地での預かりとなります。)
・費用は全て日本円のみとなります。
・出発前日は丹東一泊が必要です。(朝9:30出発のため)
・丹東までの費用も別途必要です。(合わせて手配可能です。)
朝鮮関連写真 出典:DemocraticPeoplesRepublicofKorea
関連情報
平壌館(北朝鮮レストラン)
行くのはちょっと・・・・・・。という方は雰囲気だけでもどうですか??
前後の記事:大連ローカル(ENJOY)
- 2007/11/21イベント情報:国際交流パーティー「Dusty Grooves」
- 2007/10/18港湾広場
- 2007/10/16北朝鮮 旅行(中国丹東市より列車で入国)
- 2007/10/11イベント情報:カリメロナイトVol.9
- 2007/10/08老鉄山温泉
コメント
行きたいけど、手続きとか、安全とか心配!
Posted by サルゴケ at 2008/04/15 22:53:43
サルゴケさん、
コメント有り難うございます。
確かに大使館も領事館もないので確実な安全は保障できないでしょうね。しかし手続きに関しては中国の国際旅行社が取ってくれるので心配ないと思います。
今回手続き代行する会社とは別の会社なのですが、私の知人が5、6年前に旅行したときは、非常に安全だったそうです。
流暢な日本語のガイドさん兼監視さんが常時付くので逆に危険が及ぶことはないようです。
現実的には5、6年で大きく時勢は大きく変化していると思われるので不確実です。
確認したところ今冬季は日本国籍旅行者の受け入れをしていなかったそうです。春以降再開される可能性があるとのことです。詳細についてはお問い合わせいただければと思います。
Posted by keijiro at 2008/04/17 16:42:55
私は丹東の対岸新義洲で生まれ、終戦の翌年
引き上げました。一度行ってみたいと思いながら、77歳になってしまいました。
丹東からでも、見てみたいとおもっています。
Posted by 渡邊 宗昭 at 2008/06/22 09:17:41
国際列車はこの橋の隣に戦後新たに掛けられた橋を渡り入国します。(列車と自動車専用橋)
戦後新たに建てられたのではありません。
この橋は1943年(昭和18年)に日本の技術と資材で建設されたものです。
よくお調べください。
北朝鮮のガイドが若い日本人旅行者に嘘を
教えているようです。
Posted by ちんだらこっち at 2008/06/23 18:38:23
>渡邊 宗昭さん、
コメント有り難うございます。
新義洲でお生まれになったのですね。当時の様子はどのような感じであったかとても興味があります。
現在、日本国籍者が行ける北朝鮮ツアーだと残念ながら新義洲での下車はできないようです。
ただし非常に低速列車なので、窓から町の様子は見ることができるようです。
丹東から新義洲を見ることは上記の鴨緑江断橋や鴨緑江をフェリーなどで対岸近くまで行って見ることができます。また、近年大連から丹東までのアクセスも便利になりましたので、訪れやすくなったと思います。(大連からバスで3時間半前後です。)
Posted by keijiro at 2008/06/26 16:42:30
>ちんだらこっちさん、
ご指摘有り難うございます。修正いたしました。
Posted by keijiro at 2008/06/26 16:46:07





