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日中韓三国協力事務局 事務局長 岩谷 滋雄さん iwatani shigeo

日中韓三国協力事務局 事務局長 岩谷 滋雄さん iwatani shigeo
日中韓三国協力事務局 事務局長 岩谷 滋雄さん iwatani shigeo

「経済を通した3か国協力に対する関心の高さを実感し、交流の機会を設けることの重要性を痛感しました」

 日中韓3か国の経済関係者らが集った「日中韓ビジネス交流会2014」が1月17日、大連市で開かれ、FTAや産業協力などについて話し合った。政治的には厳しい状況にある3か国だが、ビジネスを通して実りある交流が行われ、友好的な雰囲気に包まれた。交流会を開催した日中韓三国協力事務局の岩谷滋雄事務局長に、今回の手応えや事務局の使命などについて聞いた。(関連記事32ページ)
 国際機関「日中韓三国協力事務局」(TCS)などが主催した日中韓ビジネス交流会が、1月17日に大連市内で開かれました。3か国の経済団体の要人らも参加し、会場は友好ムードに包まれて大成功でしたね。

 ありがとうございます。日本からは経団連の久保田政一専務理事、北京から中国国際貿易促進委員会の于平副会長、ソウルから全国経済人連合会の朴賛浩専務ら、3か国の経済界や有識者、企業関係者ら多くの方々に参加していただきました。経済を通した3か国協力に対する関心の高さを実感するとともに、こうした交流の機会を設けることの重要性を痛感しました。

 今回のテーマのひとつにもなったFTA(自由貿易協定)に対する期待は、とても高かったですね。

 そうですね。3か国の経済界に共通して、FTA待望論の強さが感じられました。国家間協定は国の数が少ないほど合意をしやすいのですが、日中韓は2国間でも話し合いが進んでいません。TCSは直接交渉者ではありませんが、官民交流の場をアレンジして、交渉の動向を知らせたり、民間からの要望を伝えたりすることは行っております。今回のような活動が大切なことを、改めて認識しました。

 そもそもTCSとは、どのような国際機関なのでしょうか。

 2011年9月に日中韓3国の合意によって、3か国の平和と繁栄を促進する目的で設立され、事務局はソウルに設けられました。主な任務は、日中韓サミットや外務大臣会合などの政府間協議に参加したり、議事録の作成や資料提供を行ったりしています。また、新たな協力分野・プロジェクトの提案、情報センターとしてのデータベース作り、イベントやセミナーなどを通した民間レベルの協力促進などです。

 しかし、日中韓の近隣3か国は政治的な難しい問題を抱えています。こうした状況の中で、TCSの役割とはどのようなことでしょうか。

 確かに2国間では問題が生じています。しかし、3か国がそろうと違った雰囲気になり、厳しい問題の影響を受けることなく話が進みます。昨年9月に私がソウルに赴任してからでも、防災や文化・保健分野での大臣級会合が開かれました。昨年3月には韓国で地震が起きたとの想定で、TCSで防災机上訓練を行い、3か国の人道支援などについて話し合いました。トップレベルのサミットはありませんが、こうした地道な積み上げがTCSの使命でもあります。

 ところで岩谷さんは、初代の韓国人事務局長の跡を継いで、昨年9月に2代目事務局長に就任されました。改めて抱負をお聞かせください。

 世界的にも注目される地域で仕事ができて、張り切っています。しかし、TCSはできたばかりの機関で基礎ができていません。強固な基盤を確立させ、発展のための基礎づくりが私の任務です。これまで40年間の外務省勤務によって、培った知識や経験があり、これを役立てて、私でなければできない貢献をしたいと思っています。

 外交官として思い出深い出来事はどのようなことでしょうか。

 ひとつ挙げるとすると、1975年の昭和天皇、皇后両陛下の初訪米にかかわり合ったことでしょうか。入省2、3年の若造でしたので、緊張もしましたが、歴史的なオペレーションにかかわることができ、とても光栄に思いました。その逆に辛かったのは、ケニア大使の時です。西部地方で部族対立が激化し、ナイロビも内戦状態になるのではないか、との不安も高まり、約800人と言われる在留邦人を脱出させる必要はあるか、あるとすればそのタイミングはいつか。東京(外務省)は空港が閉鎖される前に脱出しろという。厳しい判断を迫られました。結局、杞憂に終わりましたが、その間、とても悩みました。

 最後に大連の印象についてお聞かせください。

 大連には、北京勤務時代の1997年に休暇を利用してきたことがあります。それ以来ですが、高層ビルが建ち並び、自動車も増えて見違えるほど近代的な街になっていて驚きました。大連は地勢的にも交通の面でも、日中韓交流にふさわしい都市だと思います。今後は私たちの活動の中でも、重要な地域のひとつになることでしょう。

【経歴】

 1950年、高知県生まれ。一橋大学法学部を卒業後、1973年に外務省へ入省。1996年から98年まで在中華人民共和国日本国大使館に勤務し、内閣府大臣官房などを歴任し、2007年に在ケニア特命全権大使、2010年に在オーストリア特命全権大使に就任。昨年9月から現職。

【取材を終えて】11

外交官としての手腕発揮

 日本と世界を結ぶ架け橋として、40年間にわたる外交官生活を送ってきた岩谷滋雄さん。その経験と知識が買われて国際機関の日中韓三国協力事務局長に就任して5か月が過ぎた。中韓からも信頼が厚く、今回のビジネス交流会の成功も、その手腕によるところが多い。また、会場に流れていた和やかな空気は、岩谷さんの穏やかな人柄を映し出しているようにも思えた。「趣味は大学時代からの歌」。クラシック音楽を今も愛する趣味人でもある。
猪瀬 和道

この投稿は 2014年2月14日 金曜日 4:33 PM に Whenever誌面コンテンツ, 巻頭インタビュー カテゴリーに公開されました。

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掲載日: 2014-02-14
更新日: 2014-03-04
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