観光・遊び・買い物

友好広場(西広場)

友好広場(西広場)

友好広場(西広場)

1890年代後半にロシアが大連の都市設計で計画。戦前の古地図をみると西広場と呼ばれていました。1950年代に中国とソビエト連邦の友好の記念として友好広場と名称を変更。現在に至ります。1996年に薄煕来元市長の発案で中央に真珠をかたどったオブジェを新設しました。
戦前に撮影されたであろうという写真を確認すると、現在よりも広場は一回り大きかったようです。現在の歩行者用道路を取ると当時と広さになると思われます。
友好広場周辺で現存する建物は西広場教会と映画館と2、3つほどです。

大連基督教会堂

大連基督教会堂

ケンタッキーフライドチキン
大連市中山区友好広場8号
竣工 1907年
設計 不詳
施工 不詳
出典 中村與資平記念館別館

似たアングルで現在のKFC

基督教は一般的にプロテスタントのことです(カトリックは天主教)。教会であり幼稚園だったようです。友好広場から中山広場へ向かって2分ほど歩くと、1928年建築の玉光街礼拝堂(戦前の大連聖公会教会で、日本聖公会が英国国教会と共同で英国領事館の敷地内に建設)があります。毎週日曜日に礼拝が行われています。
玉光街礼拝堂の隣(中山広場側)に英国大使館がありました。中山広場に面した唯一の外国大使館でした。おそらくは1902年の日英同盟の影響で、日英関係重視の表れかもしれません。現在は残念ながら隣接する教会のみ残り英国大使館は残っていません。
参考サイト
折り折りの記大連 その2
私の中国ホームページ大連・北京のキリスト教礼拝

大連基督教会堂の現在の様子(KFC)

反対からのアングルとなります。現在はケンタッキーフライドチキン(KFC)となっています。しかし、KFCとなったのも比較的最近で2006年以降だと記憶しています。その前はWilliam’s Cafeというカフェでした(壁、屋根の色は同じ)。
左後ろはマンハッタン(曼哈顿大厦)、右後ろは中央公館です。
比較すると外側を増設していることが分かります(2階バルコニーの部分、入り口を含めてぐるっと外側)。左側の煙突はなくなっているようです。しかし、窓枠、屋根、装飾の形状を見る限りは外観はしっかりと保存されているように感じます。
また、改めて古写真と同じアングルから撮影して並べてみたいと思います。
実は現在のケンタッキーが内装工事をしているときに中をこっそりとのぞいたことがあります。現在は見ることができない部分である2階への階段、3階の屋根裏の部分を見ると、立派な木材の梁が組まれていました。かなり強固でしっかりとした造りだったことが分かります。

KFC2階天井裏

正面左側の建物の2階天井裏の様子です。梁のような木材で補強されているようです。作られた当時は教会聖堂なので空間だったのでしょうか?
65年以上前はどんな幼稚園だったのでしょうか。想像するとワクワクします。

大連 西広場教会

出典 千代田教会
上記サイトをみるとモノクロ写真では判断が難しい外観の色が鮮明に分かります。現在とは異なっているようです。
1947年まで西広場教会で牧師をされていたのが白井慶吉牧師でした。日本人最後の牧師さんだったそうです。1985年享年103歳で召天されています。

中央の球体オブジェ

夜間のオブジェ

1996年に薄煕来元市長の発案で真珠をモチーフとしたものです。3120枚のガラスで製作。直径は15メートル。重さは117トン。球体を支える台座は世界の人種の色(黄・白・黒・赤・茶肌)を表現し、5大陸の友好を表しているのだそうです。
夜間はライトアップされて昼間とは全く違った印象を受けます。
このモニュメントができる前の1995年ごろの写真をみると、中山広場(現在のインターコンチネンタルホテルとケンタッキー)側に細長い歩道橋があったことがわかります。歩道橋にはマルボーロの看板が飾られてありました。
参考サイト
『コンシェルジュ』 2005年8月号 P13
大連航空国際旅行社友好広場

その他周辺施設

2008年秋に開業したインターコンチネンタルホテルが広場に面しています。映画館が2館。友好路を少し進むと左手にマンハッタンビルがあります。マッハッタン付近にはスターバックスコーヒー、アミチコーヒー、吉野家、新華書店などもありすべて徒歩圏内です。また、現在インターコンチネンタルホテルの対面に第2の世界貿易センタービルを建築中です。

アクセス/地図

 


タグ:

この投稿は 2009年7月21日 火曜日 4:48 PM に 観光・遊び・買い物, 広場・公園, 観光 カテゴリーに公開されました。

コメントをどうぞ

掲載日: 2009-07-21
更新日: 2013-02-08
クチコミ数: 0
カテゴリ
エリア