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愛新覚羅憲奎(金壁東)旧宅(旧星海ホテル)

愛新覚羅憲奎(金壁東)旧宅(旧星海ホテル)

愛新覚羅憲奎(金壁東)旧宅(旧星海ホテル)

大連市沙河口区西村街61号

 星海公園の近く、変化目まぐるしい黒石礁近くにひっそりとしかし、堂々と建つ洋館。清朝皇族で新京特別市長、黒龍江省長、満州映画協会理事長などを歴任し、晩年大連に居を構えた愛新覚羅憲奎(金壁東)の旧宅です。戦後は星海宾馆(ホテル)として活躍したようです。近年は使用されておらず、周辺に新築の高層マンションがそびえ建ち小さく感じられます。建物周辺には建築用の鉄壁が立てられており中山路からは見ることができません。
 竣工年次、建設会社等不明(調査中)。

 資料の住所と現地が一致しないため継続調査中です。情報をお持ちの方がいればご教授いただけると助かります。

愛新覚羅憲奎(金壁東)

 愛新覚羅憲奎(金壁東 1896年 – 1940年)は清朝皇族、粛親王の第七子。

 旅順の粛親王邸育ちで「男装の麗人」として有名な川島芳子、現存王女の愛新覚羅顕琦の異母兄。

 1916年の第二次満蒙独立運動に父、粛親王の名代として参加。 1931年の満洲事変勃発では皇族出身の吉林軍閥煕洽と関東軍の連絡役をつとめ、東北交通委員会副委員長、吉林鉄路守備隊司令になる。満洲国建国後は新京特別市長、黒龍江省長、満州映画協会理事長などを歴任。1940年没。
出典:ウィキペディア

黒石礁西村街周辺

西村街からみた建物

 かつて星海宾馆(ホテル)があった西村街61号は現在はないようです。数時間をかけて周辺を調査したところ、西村街は40号くらい(大連自然博物館)で終わっていました。周辺には西春街、西寧街などがあります。西春街の旧家屋を見ると西春街20号 原(元)西村街135号と書かれているところを見つけることができました。現西村街から星海公園へ向かうと番号が増えていくようです。

 現状からの推定ですが、以前(中共成立後)はこの周辺一帯を西村街としていた可能性が高いと思われます。上記、愛新覚羅憲奎(金壁東)旧宅は現在は西村街の番地ではありません。しかし、位置的に西村街50~60番台であった可能性があります。

 現在、黒石礁西村街周辺は軍用地として管理されている場所、建物が多いようです。そのため他の地域と比べると開発が進んでいないように思います。結果、不幸中の幸いで古い旧家屋も多く残されています。

 昼間にこの周辺を散歩してみると面白いかもしれません(夜は真っ暗なのでご注意を)。ガイドブックにも掲載されないような場所です。ですが、未整備の建物が多い分より当時の様子を感じさせる歴史的な価値がある建物も多いのかもしれません。引き続き調査してアップデートします。

その後の調査 2009年7月24日更新

 大連の子 大連霞会 大連生れの管理者さんによると写真の建物自体は1940~45年は高級中華レストラン黒石礁大飯店として利用されたいたそうです。 戦後も高級中華店だったそうです。

 また、辻 武治監修の『たうんまっぷ大連』の中で、黒石礁電停のすぐ北の水明荘を金壁東公館と紹介されているという情報もいただけました。有り難うございます。

 以上を踏まえて、再調査をしてみたところ、
黒石礁電停は現在の路面電車の202路線で間違いなし。
 
当時の駅の場所は定かではありません。
路線からみて北側に位置する。
正面左側2軒隣りの旧宅に西村街81号と書いてある
それ以上北へ向かうと急な傾斜地で70年以上前に清朝王族が住んでいたとは想像しにくい。
 鉄壁で囲まれた範囲にこの邸宅を中心に3、4軒歴史的を香りを感じさせる建物が残っています(よく見ると現在も住んでいるようです)。もしかすると隣の建物かもしれませんね。しかし、この範囲の建物の中に金壁東邸宅があることは、ほぼ間違いはなさそうです。引き続き調査します。

アクセス / 地図

<バス・電車>各バス星海浴場、黒石礁。202 黒石礁 下車徒歩。

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この投稿は 2009年4月30日 木曜日 8:22 PM に 観光・遊び・買い物, 観光 カテゴリーに公開されました。

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掲載日: 2009-04-30
更新日: 2012-03-13
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