大連ホテル(旧遼東ホテル)
観光情報
大連ホテル(旧遼東ホテル)
1930年に93室のホテルとして開業した遼東ホテルは庶民派のホテルとして活躍。旧ヤマトホテルも徒歩圏内です。
1階には当時から百貨店があり、現在も商店が入っています。また最上階は後から増設されたものです。(レストラン)。
現在も二つ星の大連ホテルとして現役で活躍中。
大連市中山区上海路
0411-8273-7416/8820-8876
1930年竣工 大連市浪速町3丁目(現・天津街/上海路)
設計:小野木横井共同建築事務所
<バス>15、16、23、710、810、K910など中山広場 <電車>201 勝利橋
ロシア街がわから見た大連ホテル
すぐ隣は天津街です。天津街は2003~5年ごろに整備されて近代的な通りに生まれ変わりました。
入り口付近
証明が弱いため夜間も薄暗い入り口。フロントは正方形型で狭く感じます。
また、本来はホテルのカテゴリーで掲載するべき情報だと思います。しかし少し様子を見てから考えたいと思います。
宿泊料金は時期によって差があるようです。シングル(標準間)で1泊100~200元ほどのとのことです。
宿泊者によると日本のビジネスホテルを一回り広くしたほどの部屋。床はカーペットが敷かれていたそうです(標準間)。
オンラインでの予約は機能していないらしく、電話か直接行って予約する必要がありそうです・・・・・・。
遼東ホテル

旧遼東ホテル
撮影年度は不明。分かりづらいですが最上階部分がないことから創建時に近いと判断できます。
出典&参考サイト:中村與資平記念館別館

戦前の絵葉書より。左奥の茶色い建物が遼東ホテルです。最上階部分があるため上記古写真より新しい時代の様子だと思われます。
当時と現在を比較すると壁の色は赤茶系だったことが分かります。
出典:みに・ミーの部屋
文化大革命の前期ごろ最上階レストランを封鎖して造反組と革命派の大激突が起こった舞台となりました。しかし、このことを語れる人があまり残っていないのが残念です。
超食糧難の時代にレストランから馒头(マントウ=中国のパン)が外へ投げられて多くの人が拾いに集まったり、対面のビルから放水車を使って放水して攻撃したそうです。
※注意
史実の部分がまだ曖昧であるため確認後、順次アップデートしていく予定です。事実、史実の間違えがあるときはお手数ですがご指摘いただけると嬉しいです。
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